2025年3月:香勲にあの人を想う
先日、日本の香水市場が拡大中という新聞記事を読みました。香水はただのフレグランスというだけではなく、その人の印象を決めるアイテムとして、また個性を表現する手段として人気が高まっているそうです。「香薫(香り)」は記憶と結びつきやすいと言われていますが、これもその一端かもしれません。私にも香りにまつわる一つの思い出があります。
お寺で育った私は、幼いころよく祖父の境内掃除の手伝いをしていました。祖父は口数が少なく、黙々と作業を進める性格でしたので、掃除の時間はおしゃべりしながらの楽しいひととき、という雰囲気ではなく、祖父の後を追いかけながらその真似をし、草取りに没頭していたことを憶えています。そしてそんな時の境内には、風に乗ってお線香の香りが漂っていました。何げないひとときでしたが、不思議と心が落ち着く、満ち足りた時間でもありました。その香りは、私にとって祖父との思い出そのものでした。
祖父は私が小学校5年生の時、72才で亡くなりました。初めて経験する、家族との死別でした。「死んだらどこに行くのだろう?」と、横たわる大好きな祖父を見つめながら悲しみに覆われ、どうしようもない気持ちになったことを憶えています。
最近、ふとあらためて、本堂に飾られた祖父の遺影を眺める機会がありました。その眼差しの奥には、生前と変わらない優しさが感じられました。祖父がもしここに居たら、自分と同じ僧侶となった私の姿を見て、「どんな言葉をかけてくれるだろう?」と考えました。「よくやっているね」と微笑んでくれるでしょうか。それとも「自分を見失わないように」と厳しく諭してくれるでしょうか。
その後、本堂で勤行をしていると、漂う香りを感じました。その香りは空気に溶け込みながらも確かな存在感を示していました。私は祖父がそばにいて、寄り添ってくれていると感じました。一緒に過ごした時間が走馬灯のように思い出され「あー、つながっているんだなぁ」そんなことを思った途端に、涙があふれてきました。
時に「香り」は、時間や場所を超えて人の心を揺さぶり、大切なことを思い出させてくれます。あなたにもそんな「香り」の記憶はありますか?
(静岡県三島市 蓮馨寺 掬池友絢)