今月の言葉

2026年3月:春のさえずり 身を軽く

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2026年3月:春のさえずり身を軽く

Let spring birdsong bring lightness to body and soul.

境内の梅の枝に小鳥たちが集まってくると、春の気配が漂い始めます。軽やかなさえずりを聞いていると、冬の間着込んでいた重いコートを脱いだときのような、心が軽くなる感覚を覚えます。
 先日、ある檀家の男性がお参りに見えました。長年、認知症のお母さまの介護に献身的に尽くした方です。お母さまが亡くなられて半年ほど経ったころ、その方はこう話してくれました。
 「母の介護をしているときは、確かに大変でした。朝から晩まで気の休む暇もありません。でもいま思えば、あれが私の生きる支えだったのです」
 お母さまが亡くなられた直後、彼は深い喪失感に襲われたといいます。毎日の生活の中心だった介護がなくなり、ぽっかりと心に穴が開いたような感覚です。朝起きても、これから何をすればいいのか、目的が見つからないのです。ある日、親戚のおばさんに「何のために生きているのか分からない」と漏らしてしまったそうです。
 するとおばさんから、真剣な顔で「そんなこと言ったら、お母さんが怒るよ。あなたに幸せになってほしいと思って旅立たれたのに」と叱られたそうです。
 その言葉が、彼の心の奥深くに残ったといいます。すぐに気持ちが晴れたわけではありません。でも日々の暮らしの中で、ふとした瞬間にその言葉を思い出すようになりました。母は自分が前を向いて生きることを願っているはずだ。そう思えるようになってから、彼は少しずつ、抱えていたものを手放すことができるようになりました。
阿弥陀さまは、どのような者も決して見捨てず、必ず救うと誓われました。そのみ心が私たちの心の支えとなり、すべてを自分でコントロールしようとする執着が和らぎ、安らぎを得ることができるのです。人は生きていく中でさまざまな重荷を背負います。「南無阿弥陀仏」ととなえるとき、一人で背負い込んでいたその重荷を、大きな慈悲に委ねることができます。
 その檀家さんは今、穏やかな表情で日々を過ごしておられます。春の鳥たちが、何も持たずに軽やかに空を舞うように、私たちも阿弥陀さまの慈悲に包まれ、心穏やかに生きることができます。新しい季節の訪れとともに、心の重荷を下ろし、念仏とともに軽やかに歩んでいきたいものです。
(東京都台東区 正定寺 原善順)