2026年9月:継続 持続 相続
「継続」も「持続」も「相続」も、一見すると当たり前のような言葉ですが、実際に続けることは決して簡単ではありません。「継続」があってこそ「持続」し、その積み重ねが次の世代への「相続」につながります。だからこそ、この三つの言葉には重みがあるのだと思います。
私が副住職を務める善導寺には、明治時代に活躍された祐存上人という僧侶の伝承がございます。
祐存上人が生きた明治初期は、神仏分離や廃仏毀釈などにより、仏教界全体の存続が危ぶまれた激動の時代でした。そのような中、多くの高僧方が仏教界の改革や復興に尽力されたからこそ、今日の私たちは、お念仏を継続し、寺院を持続し、その教えを次の世代へ相続することができています。
そのような時代にあって、祐存上人は一人でも多くの人にお念仏を伝えることを自らの使命とされ、東北・関東各地を行脚し、人々に寄り添いながらお念仏をひろめられました。さらに自らに「一日6万遍のお念仏をとなえる」ことを日課として誓い、生涯その実践を貫かれました。教えを説くだけではなく、自ら率先してお念仏をとなえ続けられたお姿は、「継続」の大切さを私たちに教えてくれています。
祐存上人は、「かずならぬ我をもしたう心あらば 南無阿弥陀仏をとなえたまえよ」というお言葉を遺されました。祐存上人は30歳という若さでご往生されましたが、阿弥陀さまは「無量寿」、限りないいのちの仏さまです。私たち人間の命には終わりがありますが、阿弥陀さまの慈悲は時代を超えて今も変わることなく、すべての人に寄り添い続けています。だからこそ祐存上人は、「私という人間を慕うのではなく、永遠に変わることのない阿弥陀さまをよりどころとして、お念仏をとなえなさい」と教えられたのでしょう。
善導寺では現在も毎月、檀信徒有志が集い、祐存上人をご供養しながらお念仏をおとなえしています。150年続いてきたこの集いもまた、先人たちが信仰を継続してくださったからこそ持続し、私たちへと相続された大切な信仰の証です。
私たちもまた、この尊いお念仏の教えを大切に守り、次の世代へと手渡してまいりたいものです。
(秋田県秋田市 善導寺 渡邊宏明)