令和7年9月
歌壇
埼玉 岸 治巳
父在らば今年百十六歳に母在らば百五歳なり昭和百年
評
なかなかユニークな一首。数詞を用いる時には漢数字にしてください。
東京 蚫谷定幸
天を抱くように蘇鉄の若葉より雀たち来て雨後を楽しむ
評
自ずと情景の見えてくる一首で、下句によって蘇鉄に集まる雀たちの声が響くように伝わる。
富山 岡本三由紀
名を知らぬ草花なれど可憐なり惹かるる思いに歩みを止める
評
なにげない一首でありながら、このような場面を一首に納め得たことをよろこびたい。
秋田 小川慶子
桜咲き土筆を抜けば温き土青空のもと庭に種蒔く
京都 荻野 浩
尻たたき品定めせし丸西瓜今や切り売り一口サイズに
山口 小田村悠紀子
『しゅくだい』の自作の絵本胸に抱き姉は逝きた り初夏の空
長崎 片岡忠彦
ドッグランとことこ走る親のあと産毛ふわふわつまずき転ぶ
奈良 川本惠子
お施餓鬼におはぎを供え供養する黄泉の国より感謝の届く
大分 小林 繁
我が庭にモグラの築きし一夜城中にトイレや倉庫 もありて
栃木 小峰新平
妻と行き聞かれる毎に同意するだけの買物一年になる
大阪 津川トシノ
上高地をガイドと歩む森の道信濃笹から猿現れる
兵庫 堀毛美代子
クラス会これが最後と言いつつも友の遺作展を兼ると誘い来
宮城 西川一近
暗闇に仄かに動く蛍火を君は今年も案内し呉るる
京都 岡田直子
初蝉は楽譜どおりのにぎやかさ表参道声誇らかに
長崎 吉田耕一
散歩道しばしの休憩 やまぼうしは小花散らして猛暑に耐える
評
添削 「猛暑へ耐える」を「猛暑に耐える」に。
俳壇
東京 松井なつめ
かき氷夏限定の祖母の店
評
祖母が孫たちにかき氷をふるまっているのだろう。もちろん、実際に祖母が店を開いていると読んでもよい。どちらにしても、祖母のかき氷は人気。
岩手 小野寺満
わつと来てわつと去る子らの初夏
評
ゴールデンウイークのころの風景か。「わつと」のオノマトペに現実感がある。わが家の夏にもかつてはわっと子や孫がやってきた。もちろん、わっと去って行った。
東京 山崎洋子
片陰の竹細工屋で買ひしもの
評
竹製のフォーク、あるいはペーパーナイフを買った? 片陰の位置が移ると竹細工屋も移動する。
山梨 山下ひろ子
十薬を丸ごと干して九十へ
三重 稲垣三枝子
万博帰り歩きつかれてずんだもち
佐賀 織田尚子
沈黙の外海の海の夏の雲
大分 小俣千代美
青葉風天守閣より錦江湾
長崎 香林亮積
ミカンの皮老僧のたく夏火鉢
滋賀 小早川悦子
湖までも続く青田や波立ちぬ
大分 小林客愁
百日紅父の眠れる墳墓かな
大阪 原田勝広
父の日やゴワゴワ眉のクレヨン画
和歌山 福井浄堂
梅雨寒や老尼の参る路地の家
兵庫 堀毛美代子
山門へ日傘たたみて一礼す
東京 宮川春子
母は牛父は馬でと迎え火に
滋賀 山中靜枝
ごくごくと水のみ干して青田かな
大分 吉田伸子
びわ熟れる集中治療の友見舞う
福岡 稲永順士
鏡中に気どる父ありパナマ帽
神奈川 上田彩子
あの人が認知症とは沙羅仰ぐ
京都 観山哲州
万緑や地球儀ちょっと手で回す
京都 観山ヒロクニ
シャワー浴び十八番は「なみだ恋」
評
添削 原句には「なみだ恋」の前に「演歌」の語があって破調になっていた。それを取っただけだが、ちゃんと五七五にすると歌が快くなる。「なみだ恋」は八代亜紀の歌った演歌。