連載 仏教と動物 第19回 梟にまつわるお話
お釈迦さまの前世における物語『ジャータカ』をはじめ多くの仏教典籍(仏典)には、牛や象などの動物から、鳥や昆虫、さらには空想上のものまで、さまざまな生き物のエピソードが記されています。この連載では『仏教と動物』と題して仏教における動物観や動物に託された教えについて紹介いたします。
第19回目は、穏やかで理知的な雰囲気がある動物「梟」を取りあげます。
農耕地の守り神
フクロウはヨーロッパからアジアの中北部に広く分布している夜行性の猛鳥で、日本では北海道から九州までに生息し繁殖しています。
平地、低山の大木がある広葉樹林などに棲んでいて、樹洞に巣を作ります。
全長は50センチほどで、平たい顔に目が二つ正面についています。目は暗い林の中でもよく見えます。聴覚にも大変すぐれ、聴力だけで獲物をしとめることができます。「夜の狩人」の異名があり、夜ふけに音もなく飛んで小さな哺乳類などを捕らえます。
古代の農耕社会では、畑鼠や害虫を捕食するフクロウは、大地の豊穣をつかさどる神である地母神に付き添う聖鳥の一種とされていました。
今回は、『ジャータカ』にある、フクロウにまつわるお話です。
鳥の王
インドでは、カラスとフクロウは仲が悪いといわれていますが、その起こりは次のような出来事にありました。
昔、人類や動物たちがこの世に出現した頃、人間たちはみんなを取りまとめ率いてくれる人物を自分たちの中から選び出そうと考えました。人間たちは相談して、上品でいかめしく、あらゆる点で優れている人物を王として選びました。
人間たちが王を選び出したことを知った動物たちは、負けてはいられないと大急ぎで集まり、1頭のライオンを王に選び出しました。遅れをとってはならないと、海の魚たちもアーナンダという魚を王に選び出しました。
すると、鳥たちもヒマラヤのある岩の上に集まって、どの鳥を王に選ぼうかと相談し合いました。
「王さまにぴったりの鳥はワシだ」
「いや、小さいけれどハトがいい。それとも美しいクジャクか、そのどちらかだ」
「いっそのこと、どうだろう。小さいけれどもフクロウなら威厳もあり頭も良さそうだし、ぴったりじゃないか」
みんなの意見は、ほぼフクロウに決まりかけました。
「フクロウを我らの王にしよう」
そこで1羽の鳥が、全員の意向を取りまとめるために3回宣言しました。かれが宣言した時、2回目までは承認されましたが、3回目が宣言された時、1羽のカラスが口をはさみました。
「ちょっと待ってもらいたい」
カラスはさも不満そうに鳴き声を上げ、歌を唱えました。
「みんなの意見でフクロウが 我らの王になるという はっきり言ってこのおれは 絶対反対、反対だ」
今度は、鳥たちがカラスに向かって歌い返しました。
「反対するならそのわけを 筋道立てて話しなさい若さあふれたあなたには 知恵もあふれているようだ」
そこでカラスは、歌で答えました。
「みんなの幸せ望むからフクロウ王に反対だ 怒っていない普段でも ようくご覧よあの顔を どんぐり眼にしわの顔 もしも怒ったその時は きっとすごいぞあの顔は」
カラスはそう言うと、「おれは、フクロウなんて大きらいだ」と大声で叫びながら、空高く飛び去っていきました。
これを聞いたフクロウは、顔を真っ赤にして怒り、すぐにカラスの後を追って飛び立っていきました。
カラスとフクロウとの仲が悪くなったのはそれからです。
カラスとフクロウが居なくなった後、鳥たちは、再び長い時間をかけて意見を出し合いました。その結果、黄金のガチョウを王に選び出したということです。
瞋恚を戒める
お釈迦さまは王子として生まれる前、さまざまな生き物として生まれ変わり、善行を積んだ結果、ブッダ(覚者)となりました。
このお話は、お釈迦さまがインドの祇園精舎に滞在している時に、カラスとフクロウがお互いに敵意をいだくようになった理由を尋ねた修行僧に対して語られたものです。
登場する鳥の王に即位した黄金のガチョウはお釈迦さまの前世の姿です。
フクロウはカラスの悪口に腹を立て、鳥の王になりそこなってしまいました。
このお話では、代表的な煩悩の一つ瞋恚(怒り)は、私たちの心を激しく害し、仏道の妨げになることを表し、いかなる時でも、それを制御しなければならないと戒めています。
美しい幸福の女神 ラクシュミー
インドでは人間と自然が密接に関わっていた太古の時代から女神信仰が盛んで、フクロウと関わりが深い女神では、ヒンドゥー教の女神「ラクシュミー」がいます。
この女神はその名が「幸福」を意味することから、古くから吉祥(幸福)を司る女神として、今でもインドで厚い信仰を集めています。
日本には仏教とともに伝わり、「吉祥天」と呼ばれ、幸福・繁栄を呼ぶ美しい天女として人気を集めました。今でも吉祥天は五穀豊穣・除災招福の守護神としてあがめられています。
インドでは“鳥は神様の乗物”と考えられていますが、各地で盛大に行われる秋の祭り「ディワリ」では、新月の夜、真っ暗な夜空をラクシュミーが家々を回って福をもたらすといわれます。特に西インドではこの祭りの期間、人々は家に小さなランプを灯してラクシュミーをお迎えします。
闇を払い光をもたらす女神としてあがめられている、姿かたちも美しいこの女神を乗せて闇を飛ぶのが、フクロウなのです。