浄土宗新聞

心ゆくまで味わう 法然さまの『選択集』 第22回

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浄土宗で〝第一の聖典〟と位置づけられる書物『選択本願念仏集』(『選択集』)。「極楽往生を遂げるためには、何より〝南無阿弥陀仏〟とお念仏をとなえること」とする浄土宗の教えを、宗祖法然上人(1133ー1212)が微に入り細に入り説き示された「念仏指南の書」ともいえるものです。大正大学教授・林田康順先生に解説していただきます。

第3章
弥陀如来余行を以て往生の本願となしたまわず。唯念仏を以て往生の本願となしたまえるの文

||味わい方

このコーナーでは、『選択集』の現代語訳と林田先生による解説を掲載しています。
現代語訳部分は、篇目(章題)、引文(内容の根拠となる文章の提示)、私釈(引文に対する法然上人の解釈)で構成されています。

前回

前号では阿弥陀仏がお念仏一行を選択された二つ目の理由、お念仏は誰にでも修めることができ、他の諸行は誰にでも修められるわけではない、という〈難易の義〉を紹介しました。
今号は、その難易の義について、中国の浄土教者、法照禅師の典籍を引用し、あらためて阿弥陀仏がお念仏を選択された理由を明らかにされます。

【私釈】

唐代の浄土教者である法照禅師の『五会法事讃』には、次のように述べられています。 「阿弥陀仏がには、次のように述べられています。法蔵という名の菩薩(修行者)であられた時代、次のような広大な誓願を立てられた。 『わが名号の功徳を聞いて南無阿弥陀仏と念仏をとなえたすべての者のもとへ迎えに参ろう。貧しい者も富める者も、智慧浅き者も智慧深き者も、よく聞きよく学ぶ者も戒律をよく守る者も、戒律を破ってしまう者も罪を犯してしまう者も区別することなく、ただただ心をわが浄土に振り向けて、より多く念仏をとなえれば、瓦や小石にも喩えられるような凡夫を極楽浄土に迎え入れ、金色の菩薩へと生まれ変わらせよう』と」。

【解説】

法照禅師は、私たちを煩悩の多い凡夫と称し、瓦や小石に喩えられました。なるほど私たちは、はるかな過去世から今に至るまで輪廻を繰り返してきた存在であり、自身の力では迷いの世界を抜け出すことはかなわないのです。

阿弥陀仏は、貧しき者・智慧浅き者・教えを聞くことがかなわない者・を守れない者だけでなく、富める者・智慧深き者・多くの教えを聞いた者・戒律を守る者であっても、結局は、いかなる行も完全には修められないことをお見通しで、だからこそ大慈悲をもって、わが名をとなえれば平等に救い導こうとお誓いになったのです。そして、そんな私たちもお浄土に往生すれば、阿弥陀さまの誓いによって、再び迷いの世界に戻ることのない金色の菩薩となり、さとりの道をまっすぐに歩んでいくことができるのです。

【私釈】

〈質問します〉すべての菩薩は、それぞれ誓願を立てられていますが、すでに完成しているもの、まだ完成していないものもあります。はたして、法蔵菩薩が立てられた四十八願は、すでに完成しているのでしょうか、あるいはまだ完成していないのでしょうか。
〈お答えします〉四十八の誓願の一つひとつは、すでに完成しています。それは、次のようなことから知ることができます。

まず極楽浄土には、すでに地獄・餓鬼・畜生という三つの悪しき境界の者はいません。このことから、 〔極楽浄土には三つの悪しき境界がないようにしたい〕という第一願(無三悪趣の願)を完成していることが知られます。

どうしてわかるかといえば、第一願が完成していることを明かした経文に「 (極楽には)地獄・餓鬼・畜生などもろもろの悪しき境界はない」と記されているからです。

また極楽浄土に住む者たちは、そこでの寿命を終えた後、再び三つの悪しき境界に生まれ変わることはありません。まさにこのことから、 〔極楽浄土に住む者たちが命終えた後、三つの悪しき境界に戻ることがないようにしたい〕という第二願(不更悪趣の願)を完成していることが知られます。

どうしてわかるかというと、第二願が完成していることを明かした経文に「極楽の菩薩は、仏となるまで決して悪しき境界に戻ることはない」と記されているからです。

【解説】

阿弥陀仏の誓願が完成しているかどうかは、阿弥陀仏の四十八願、とくに第十八・念仏往生願を頼りに浄土往生を目指す私たちにとって最も大切なことです。もし、誓願が未完成であれば、お念仏をとなえる理由が根底から崩れ去ってしまうからです。そこで法然上人は、阿弥陀仏の誓願について書かれた『無量寿経』から、誓願の一々が完成していることを証明する箇所を抜き出し、 「願成就文」と名付けられました。上人は、 『選択集』撰述の数年前からこの作業を行っており、 それが 『選択集』において結実したのです。

浄土宗二祖・聖光上人は「願成就文とは法然上人がはじめて仰ったことです」と述べられています。

次回は、四十八願が完成していることを説明し、そこから念仏往生願も完成していることを明らかにされます。

教えて林田先生

地蔵菩薩

本文にあるように、すべての菩薩は衆生を救うための誓い(誓願)を立てられます。私たちに親しみ深いお地蔵さま(地蔵菩薩)は、お釈迦さまが亡くなってから56億7千万年後、弥勒菩薩成仏されてこの世に出現されるまでの間、人間の世界を含めた六つの世界を巡ってすべての衆生を救うといわれます。これは地蔵菩薩の、「一切の衆生を救うまで仏とならずこの世界に留まる」との誓いによるものです。
法然上人は地蔵菩薩について、「地蔵菩薩を軽んじてはいけません。お浄土へ往生した後、さとりを目指すお仲間となる方ですから」とされ、尊崇すべきと示されています。

  • 林田 康順(はやしだ こうじゅん)
  • 大正大学仏教学部教授
  • 慶岸寺(神奈川県)住職
  • 法然浄土教、浄土宗学が専門。『浄土宗の常識』(共著、朱鷺書房)、『法然と極楽浄土』(青春新書)ほか、著書・論文など多数。