浄土宗新聞

連載 仏教と動物  第2回 象にまつわるお話

イラスト 木谷佳子

イラスト 木谷佳子

お釈迦さまの前世における物語『ジャータカ』をはじめ多くの仏教典籍(仏典)には、牛や象などの動物から、鳥や昆虫、さらには空想上のものまで、さまざまな生き物のエピソードが記されています。この連載では『仏教と動物』と題して仏教における動物観や動物に託された教えについて紹介いたします。
第2回目は、仏教で大切にされる動物「象」を取りあげます。

畏敬される動物

陸上における最大の動物・象は、インドでは〝動物の王〟として尊ばれています。その力の強さゆえ、古来運搬や戦争の時にも力を発揮しました。お釈迦さまも「戦場の象が、射られた矢にあたっても堪え忍ぶように、われは人のそしりを忍ぼう。多くの人は実に性質が悪いからである」と、象の忍耐強さを讃えて、その徳を説いています。

色素が欠乏して白色で生まれる個体が時折見られますが、仏教では特にこの白象を神聖視します。マーヤー夫人は小さな白象が体内に入った夢を見てお釈迦さまを宿したといわれ、また、白象は支配者であることを示す7つの宝物の一つとされています。さらに、象は畏敬の対象として仏典にもたびたび登場します。

ここで、『ジャータカ』にある、象にまつわる説話の一つを紹介します。

空を歩く象

昔、インドにあったマガダ国のラージャガハ(王舎城)という町の王宮にすばらしい白象がいました。象は全身が、まるで満月を見るような白さで、神々しい姿をしていました。

ある祭りの日、美しく飾られた街の中を、マガダ国の王がこれ以上豪華なものはないと思われる装飾を施した白象に乗って、長い行列を進んでいました。

街は祭りを祝う人たちであふれ、その中を王の行列が進んでいくと、人々は美しい象の姿に息をのみ、あまりの美しさに感嘆の声を口々に上げました。その声を聞いて、王は誇らしげに胸を張って人々を見下ろしました。
ところがそのうち、人々の声が白象ばかりをたたえ、一向に自分に向けられないことに気づくと、だんだん象が妬ましく思われてきました。気分を害した王は早々と宮殿に帰りました。

恥をかいて腹を立てた王は、明日にでも、白象を山の崖に連れていって、そこから突き落とさせて殺してしまおうと考えました。

明くる日、王は白象に乗ると、象使いを伴ってマガダ国の東北にあるベープッラ山へ出かけました。そして険しい崖まで来ると、白象から降りて象使いに言いました。「象を立派に仕込んでいるそうだが、それなら、ここで3本足で立たせてみよ」。白象は楽々と3本足で立ちました。

それを見た王は、「2本の前足で立たせてみよ」、「1本足で立ってみよ」など無茶な要求を続けました。白象は言われたとおりにしてなかなか落ちないので、王はいらだって言いました。 「では次は、空中に立ってみよ」
象使いはこの時になって、やっと王の恐ろしいはかりごとに気づきました。そこで象使いは、白象の耳元でささやきました。

「友よ、王さまはお前が崖から落ちて死ぬことを望んでいる。お前には、この王さまはふさわしくない。もしお前に空を歩く力があるなら、このままカーシ国の都であるバーラーナシーまで行こう」

白象は一声鋭い鳴き声を上げると、空に向かって歩き出しました。

白象と象使いは空を歩いてバーラーナシーまで来ると、そこに建つ王宮の庭に静かに降り立ちました。象使いは白象から降りてカーシ国の王に一礼すると、今までのいきさつを詳しく話しました。

「このような美しく立派な象が訪ねてきてくれるとは、私のほうからこそ礼を言わなければならん」

王は喜んで白象と象使いを宮殿に案内して、歓迎の宴を催しました。

その後、白象と象使いは、カーシ国の王から肥沃な領土を贈られ、幸せな一生を送ったといいます。

嫉妬は苦しみを増やす

お釈迦さまは王子として生まれる前、さまざまな生き物として生まれ変わり、数多くの善行を積んだ結果、ブッダ(覚者)となりました。

このお話に登場する白象はお釈迦さまの、そしてマガダ国の王は、お釈迦さまの弟子で従兄弟にあたるデーヴァダッタ(提婆達多)の前世の姿です。提婆達多はお釈迦さまの並外れた才覚を妬み、後に教えに背いて別の教団を作ったたとされ、『ジャータカ』の中でも、提婆達多とお釈迦さまは、時に父親と息子、あるいは人間と動物として登場して敵対します。

マガダ国の王は、白象に対する嫉妬に狂ったことで、自らの名声を生かせずに、かえって、不利益をこうむることになりました。

この話は、嫉妬は自らの煩悩を増大させる行為でしかなく、増大すれば苦しみが大きくなるという仏教の教えを表わしているのです。


【コラム】象の顔を持つインドの神 ガネーシャ

ガネーシャ像(タイ「マーガ プージャ仏教徒記念公園」)©Milko/PIXTA(ピクスタ)
ガネーシャ像(タイ「マーガ プージャ仏教徒記念公園」)©Milko/PIXTA(ピクスタ)

インドには多彩な神々がいますが、そのうちの一つに、象の顔を持ち身体が人間の姿をしている「ガネーシャ」と呼ばれる神がいます。
「ガネーシャ」とは「群の主」の意味で、ヒンドゥー教の最高神シヴァに仕える群衆の長です。シヴァを父とし、女神パールヴァティーを母として生まれたといわれています。4本の腕を持ちお腹がお相撲さんのようにつき出ていて、ネズミを乗り物とし、腰に蛇皮のベルトを着けているのが特徴です。
ガネーシャは、あらゆる障害を除き富をもたらしてくれるとされ、事業開始と商業の神・学問の神として広く信仰を集めています。
特に、インドを中心に人気が高く、店先や車のダッシュボードにガネーシャ像が置かれている風景がよく見られます。
仏教にとり入られると、歓喜天、聖天とも呼ばれ仏教の守護神となります。仏教とともに日本にも伝えられ、財宝、夫婦和合の神として、水商売の人たちから人気を集めています。浅草寺に近い待乳山の聖天が有名です。