連載 仏教と動物 第15回 鴛鴦にまつわるお話
イラスト 木谷佳子
お釈迦さまの前世における物語『ジャータカ』をはじめ多くの仏教典籍(仏典)には、牛や象などの動物から、鳥や昆虫、さらには空想上のものまで、さまざまな生き物のエピソードが記されています。この連載では『仏教と動物』と題して仏教における動物観や動物に託された教えについて紹介いたします。
第15回目は、仲睦まじいイメージの動物「鴛鴦」を取りあげます。
夫婦和合の象徴
鴛鴦(オシドリ)は、ガンカモ科の鳥で、東部シベリア・中国・朝鮮・日本に分布し、どんぐり・穀物・草の種子を食べ、夜は林に入り木の上で眠ります。
雄は、頭が横からはさんだように扁平で、派手な冠羽など美しい色彩の羽毛を持ち、翼にある橙色の「銀杏羽」が特徴です。
これは、銀杏の葉の形をした羽で、風切り羽の内側の一対が発達したものです。
森林に囲まれた山の湖や池、木陰の水面を好み、色彩の地味な雌とつがいでいることが多いので、「おしどり夫婦」の名の由来となっています。
今回は、『ジャータカ』にある、鴛鴦にまつわるお話です。
オシドリとカラス
昔、インドのバーラーナシーの都でブラフマダッタ王が国を治めていた時、1羽の貪欲なカラスがいました。象の死骸などを食べてうろついていましたが、それに満足しないで、「ガンジス河の土手で、魚を食べよう」と言って、河辺に行きました。
そこで魚を捕まえ、それを食べながら2、3日住みついていましたが、今度はヒマラヤ山に移って色々な果実を食べ、それから多くの魚や亀のいる大きな蓮池にたどり着きました。
その場所で、カラスは黄金色に輝く2羽のオシドリが水苔を食べて暮らしているのを見て、「この鳥はこのうえなくきれいだ。こいつらは、ガンジス河の河辺で肉をたらふく食べているに違いない。私も、彼らにたずねて同じものを食べ、きれいになりたい」と思いました。
そこで、オシドリたちからほど遠くないところに下り立ち、彼らにたずねながら、二つの詩をとなえました。
「あなたは色美しく艶やかで、肉付き豊かな身体は美しい。オシドリよ、あなたは色麗しく、顔も身体も輝ける」
「パーティーナ魚やパーヴサ魚、ムンジャ魚やローヒタ魚、ガンジスの河辺に下り立って、こうした魚を食べているのでしょう」
オシドリは、カラスの言うことを打ち消して、詩をとなえました。
「私は、水草のセーヴァーラとパナカのほかには、森の中のものも水の中のものも食べません」
すると、カラスはまた二つの詩をとなえました。
「これがオシドリの食べ物だなんて、私は信じない。なぜなら私は人里で、塩味がしたり油を使ったごちそうを食べてきたのだ」
「肉のスープがかけられた、人の作った清らかな食べ物を。オシドリよ、私はあなたのような、そんな美しい色をしていない」
そこでオシドリは、カラスの色がよくないわけを語り聞かせ、法の道を教えつつ、残りの詩をとなえました。
「おのれの内に怨みを見つつ、女や男に仇をなし、恐れおののきながら、おまえは食べる。それゆえ、おまえの色はそのようなのだ」
「カラスよ、おまえは悪い行いによって世界のすべてを失った。手に入れたひとかたまりの食べ物を喜ぼうとしない。それゆえ、おまえの色はそのようなのだ」
「私は食べ物を手に入れるために、いかなる生き物も傷つけない」
「悪い行いの癖を乗り越えなさい。他を傷つけることなく世を渡りなさい。そうすれば、私のように愛されるようになるでしょう」
「自ら殺すこともなく、他人を使って殺させることもなく、自ら奪い取ることもなく、他人を使って奪い取らせることもなく、あらゆる生き物に慈しみの心をいだく人は、いかなる者にも怨みを持ったりしないのです」
「もし、世の中から愛されるようになりたいのなら、全ての怨みやつらみをなくすようにしなさい」と、オシドリはカラスに法の道を説いたのでした。
カラスは怒り、「おまえの色など必要でないさ!」と言って、カーカー鳴きながら飛び去っていきました。
貪欲を非難する
お釈迦さまは王子として生まれる前、さまざまな生き物として生まれ変わり、善行を積んだ結果、ブッダ(覚者)となりました。
このお話は、お釈迦さまがインドの祇園精舎に滞在している時に、ある欲張りの修行僧について、語られたものです。
登場するカラスは欲張りな修行僧、オシドリの雌はお釈迦さまの十大弟子の一人で、正しい修行を為し密行第一と称されたラーフラ(羅睺羅)の母、雄はお釈迦さまの前世の姿です。
オシドリのようにきれいになりたいカラスに、姿がきれいなことよりも心の美しいことの方が大切であると、オシドリは、カラスの日頃の行いを戒めて法の道を説きました。貪欲について非難しています。
故事「鴛鴦の契り」
鴛鴦は雌雄の仲が良く、水上生活ではよくつがいでいるので、仲の良い夫婦のことを、「おしどり夫婦」といわれます。諸説ありますが、その由来の一つに、中国の故事「鴛鴦の契り」があります。鴛とは雄の鴛鴦、鴦とは雌の鴛鴦のことを指します。その「鴛鴦の契り」を紹介しましょう。
中国・宗の時代に王が、ある家来の美しい妻を奪い取りました。その家来は命を絶ってしまい、それを知った妻も、夫と同じ墓に入れてほしいと遺言を残して命を絶ってしまいました。
ところが、王はわざと2人の墓を別々に隣合わせに作りました。すると、それぞれの墓から木が生え、枝や根が絡み合うほどに成長しました。そこにどこからかやってきた鴛鴦のつがいが巣を作り、寄り添って鳴き続けたということです。
鴛鴦が開けた環境である水辺に生息し、木の洞に巣を作り、かつ雄は雌が卵を産み落とすまでは、雌のそばから離れないという習性があるためにできた故事とされています。