令和5年11月

投稿日時

歌壇
堀部知子 選 投歌総数178首

長崎 吉田耕一

廃屋の藪の椿は実をつけぬ今年も待つか主の帰りを

作者の視線は藪の椿に向けられ、しばし立止まったのでしょうか。その視線はあたたかい。

岐阜 唐井 昇

奥山の行基眠りし月見寺静かなるまま時ぞ流るる

「行基」は奈良時代の僧。畿内を中心に諸国を巡り、民衆教化や造寺、池堤設置・橋梁架設等の社会事業を行った。月見寺での作者の感慨は取分け深い。

京都 根来美知代

鍵盤を駆け回る指駅のピアノジブリメドレー響く構内

テレビで時折見ることがあるが、この一首からはジブリメドレーの迫力は格別であったのだろう。又ピアノを弾く人の自信さえ感じさせる。

大分 小林 繁

実生より育てし苗を畑に植え更に世話する日々の楽しさ

佐賀 早田なつ代

御詠歌の仲間の訃報突然に数日前の笑顔が浮かぶ

大阪 津川トシノ

菊花展色と香りに魅せられて夫婦の喧嘩しばし休戦す

宮崎 髙平確子

夏休みに帰省の孫につくるおはぎ一つおぼえの吾 のもてなし

愛知 横井真人

赤とんぼ御在所岳の秋を連れ黄金の稲穂の舞台に群舞

東京 蚫谷定幸

楕円球フランスの空に溶けてゆくゴールも決めて歓声は沸く

大阪 安藤知明

毎朝の散歩で言葉を交わす人ひとり二人と増えたるはよし

静岡 河合しのぶ

この秋を生きる命の歌詠うわが庭に棲むこの秋の虫

埼玉 塚﨑孝蔵

古稀迎え孫の成長喜びぬわが体力の維持を楽しむ

青森 井戸房枝

「そのままで動かないで」と人形に言はれるままのレントゲン検査

福岡 上野 明

遥かなるしののめの雲はくれないに輝き自ずと手を合わすなり

元歌上句は「東雲の紅いに染まり」であった。

俳壇
坪内稔典 選 投句総数254句

東京 松井なつめ

あの案山子私と同じTシャツだ

妙な気分だろうなあ。案山子との親近感が生まれて、おのずと笑みがこぼれるかも。

愛知 山崎圭子

きちきちやキチッと草色跳び立ちぬ

草色が跳ぶ、という見方がすてき。「キチッと」には「ちゃんと」とバッタの鳴き声が掛かっていてその遊び心もすてき。

長崎 吉田耕一

海までの十歩が熱い裸足の子

「十歩が熱い」という具体的な表現がよい。波打ち際の砂の上へ降ろされた幼児の表情が見える。

群馬 長田靖代

祭らし駅にカラコロ下駄の音

青森 井戸房枝

落日へ向きを揃へて赤とんぼ

東京 椎野恵子

待ち合わせは九時芒に逢いにいく

岩手 佐々木敦子

体験の化石発掘夏休み

愛知 高津按庵

孫五人枕ならべてお盆かな

長野 出澤悦子

八月や骨箱に石ころ一個

和歌山 福井浄堂

百姓と漁師と並んで盆の月

三重 藤井弘美

名月やだんごほおばる主婦の会

兵庫 堀毛美代子

蜩の呼ばるるように鳴き移る

滋賀 山本祥三

地上には我と秋津の影ばかり

愛知 伊東敬子

朝蝉の激しく鳴きて広島忌

神奈川 上田彩子

盆休み大糸線を乗り潰し

大阪 岡崎 勲

世話人もたった二人に地蔵盆

埼玉 塚﨑孝蔵

信号でピタリと止まる赤とんぼ

青森 中田瑞穂

法螺貝の響くふるさと秋祭

京都 根来美知代

忖度の二人三脚秋高し

大阪 光平朝乃

復活の花火の数は出生数

東京 山崎洋子

居酒屋は立ち退く噂晩夏光

山梨 山下ひろ子

日記閉じ鉛筆削る夕月夜

石川 山畑洋二

水澄める潟の真中に跳ねるもの

東京 津田 隆

友来たる酒酌み交わす十三夜

京都 北村峰月

福耳の男は妻と秋刀魚食ふ

原句の「漢」を「男」に替えた。漢字や言い方はできるだけ平易にしたい。それにしても、この句、なんとなくおかしい。福耳だけど財力はない?