令和5年10月

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歌壇
堀部知子 選 投歌総数180首

宮城 曽根 務

羽化し世で短き時間を生きし蝉飛べず這いずる菩提寺の庭

作者のまなざしのやさしさを感ずる。菩提寺の庭で見かけた飛べない蝉への生の時間を想像させる。

青森 中田瑞穂

傷痕の赤みを見せて眠る猫子を産めぬこと君は知らない

結句の「君は知らない」に作者の感情移入がストレートに表現されて、猫が人間のようにも。名作者であるが、出詠の節は自選を十分にして数首に。

奈良 中村宗一

げんこつでスイカを割ってかぶりつく畑の仕事の水分補給

なかなかユニークな一首。丹精して育てたスイカなのでしょうか、水分補給にはなによりのもの。実感とユーモアがおのずからあふれる一首。

東京 山崎洋子

鞄からノート鉛筆甲虫君が迎へる七度目の夏

神奈川 相田和子

巣立ちゆくつばめは別れを惜しむがに旋回しつつ鳴くを愛しむ

大阪 大貫尚子

一年生の孫が花壇に水を置き蛇口はしっかり締めているなり  

埼玉 岸 治巳

夫婦して行く病院は別なれど貰う薬に同じ物あり

長崎 片岡忠彦

風鈴の暑さでチリンと涼しげに風雪耐えてチリンと弱音

兵庫 斎藤一義

万両の四季を越す実が落ち始め梅雨終わりたる夏日の狭庭

栃木 小峰新平

青空を足早に過ぐる白雲を目で追いながら背泳ぎをする

宮崎 髙平確子

古都への旅媼二人が助け合い二人で一人と友の言いたり

奈良 畷 崇子

ゆったりといきやの助言に球を打つホールインワンに笑顔が満ちて

宮城 西川一近

ブラジルで絆深めし人々に祝われ吾子は結婚式挙ぐ

神奈川 内田陽子

曾孫の手を包みて合掌テレビの前被爆時告げるサイレンの間を

元歌下句は、「被爆時告げるサイレンの間は」

俳壇
坪内稔典 選 投句総数274句

青森 中田瑞穂

栗鼠跳んで木の実降る朝始まれり

栗鼠と木の実の朝のイメージが鮮明。もっとも、「降る」は言い過ぎ、「木の実の朝の」でいいかもしれない。

大阪 永田隆大

ご先祖さま二泊三日で帰ってくる

盆の先祖を「二泊三日」と表現したところ、おかしい。思わず笑った。作者は小学生。この句の自在でユーモラスな発想を持ち続けてほしい。 

青森 井戸房枝

油照り行くと云ふのに来ると云ふ

「来る」と言われて喜んでいるのか、困惑しているのか。動くのも躊躇される「油照り」だから、しめしめと喜んでいるのだろう。

アメリカ 生地公男

簡易仏西瓜で丸っと盆納

静岡 市川 保

窓際のゴーヤの蔓が影作り

山口 沖村去水

墓洗う母の背中を流すごと

神奈川 中村道子

十薬の花の盛りや朝の道

京都 根来美知代

秋灯下十四歳向け哲学書

大阪 光平朝乃

九十の母の昼寝のはてのなき

東京 山崎洋子

手花火の煙の匂う子のパジャマ

山梨 山下ひろ子

子の作る笑顔笑顔の茄子の馬

石川 山畑洋二

夜べ星の滴の光る露涼し

長崎 吉田耕一

夏草や自由気ままな過疎の島

福岡 上野 明

蜩油カナカナミーン庭中に

長崎 太田ミヤ子

杉下駄の音にときめき藍浴衣

三重 北出楯夫

老の手を繋ぎ花火に二人して

群馬 木村住子

片陰を拾ひ拾ひて帰りけり

福岡 谷口範子

山寺の丸蒟蒻や蝉涼し

愛媛 千葉城圓

けさの秋桟橋コツコツ渡りけり

東京 中鉢和弘

ガレージでもうろうとする暑さかな

兵庫 中西一朗

転院の車椅子なり蝉時雨

大分 吉田伸子

起きぬけの白湯と梅干し天高し

大阪 西岡正春

つまべにや母の形見の三面鏡

滋賀 山本祥三

嫌なのに私は軍歌がうまい夏

末尾に季語を置いた。