浄土宗新聞

【こころのケア】Webカウンセリング 4

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コロナ禍でのこころのケアをめぐる「新しい生活様式」

Q:コロナで在宅勤務になった夫との気持ちのすれ違いをどうしたら良いか

2歳、4歳の男の子の子育てに一日を費やしている母親です。
コロナ禍と「新しい働き方」とかで夫は週一回だけの出社となり、残りは自宅でのリモートワークです。家族にとって「自営業」的な生活は想定外でした。
在宅なので残業・休日出勤手当は無し。通勤手当も実費のみです。このことで夫の気持ちを汲んで会社への不満を言うと、「会社はコロナでクルナ(来るな)だ」などとふざけます。
子どもがいると仕事に集中できないという夫を気遣い、幼稚園のお迎えがすむとそのまま二人の子どもを公園、スーパーと連れまわしてから星やお月さまを見たりして時間を潰します。帰宅し、私が夕食の準備を始めると、子どもたちは「お仕事中よ」と注意しても「パパ!」と言って夫にまとわりつきます。私はつい、作る手を止めて子どもたちにヒステリックな声を出してしまいます。
そして、ついに夫は部屋に鍵を掛けて、仕事の区切りがつくまで食事時間でも出てこなくなりました。夫の気持ちはわからなくもありませんが、相談すらしてくれないことに怒りを感じます。こんな勝手な行動をする人ではなかったので、私は否定された気持ちです。ふと離婚すら考えてしまう自分が怖いです。

コロナで在宅勤務になった夫との気持ちのすれ違いをどうしたら良いか
(Illustration:きりたにかほり)

A:夫への怒り、不信は溜めずに小出しにして

感染症対策の一つとしてリモートワークの推奨、車内や食事中のおしゃべりは控えめに、となれば収束までの我慢となります。ところが、これが生活のエチケット、様式になると文化も変わります。こうなると、これまで以上に相手を思いやる心掛けが必要です。人間にとって人と人とのつながりは頭で理解するだけでなく、体感してこそなのです。人との関わりの手間を取ることが「めんどうくさい」感覚になるようでは本当の意味での思いやりは分かりません。
さて、あなたは〝良い妻〟であったのだと思います。逆らうことはなく受容的で、優先して夫を立てる妻です。しかし、夫にこの認識があったのかは分かりません。そして、あなたもこの関係に楽してきたのかもしれませんね。夫への不満があってもトラブル修復への気まずさを考えたら、独(ひと)り胸の内に収めておく方が楽だからです。
私の憶測ですが、夫との対話をあきらめて、それが〝良妻〟と思い込み、子育てに独りはげむことで〝賢母〟になろうとしていた面があったかもしれません。話し合わないから問題のない夫婦、家族でいられたのです。ところがコロナ禍により、互いが向きあい、対話し、分かちあう〝時節〟の切っ掛けが生まれたにすぎません。それを「コロナなんてなかったら」と離婚を怖れるのはお門違いで、いつか迎える家族のテーマだったのです。
心を鎮めるため夜空の星や月と対話するのもたまには大切ですが、毎日それのみとあれば神経も過敏になり、かえって独り善がりになりがちです。人との対話が重要なのです。リモート前の夫とは一緒に居る時間が少なくても、互いにメリハリのある生活があったから信頼関係を築けていたと思います。
そのような家族関係を取り戻すには手探りの対応が必要です。夫への不満は小出しにします。糾弾ではなく、察して聞く対話です。まずはあなたが心の鍵を掛けないで、掛けた夫の心に「あなたも困っていたのね」と労いの言葉を投げかけてみてください。そして、返答が良くても悪くても黙って受けとめ、聞き流してください。それが思いやりのスタートになります。

迷わないための お釈迦さまからのアドバイス

「お釈迦さまからのアドバイス」には、現代にも通じる人生を迷わずに生きていくためのヒントが、示されています。
ここでは「こころのケア紙面カウンセリング」であげた相談例に沿った「お釈迦さまからのアドバイス」からそのヒントとなる視点を提示します。

相手に嫌なことをされたとき

この世において、恨みを以て恨みに報いるなら、恨みは決して鎮まらない。
恨みを捨ててこそ、恨みは鎮まる。
これは永遠の真理である。

『ダンマパダ』〈法句経〉第五偈/引用・浄土宗出版
『悩みによく効く! お釈迦さまの処方箋』

私たちは日頃身のまわりで、「目には目を」、近年はテレビドラマで話題になった「倍返し」といった復讐の言葉をよく耳にします。
世界のあちこちで繰り広げられている悲惨な戦争の根底には、それが横たわっています。
宗祖法然上人の父・漆間(うるま)の時国(ときくに)が夜襲にあい、死ぬ間際、まだ幼かった上人に「決して敵を恨むな。お前が敵を恨めば、その恨みは代々にわたっても尽き難い。早く出家して私の菩提(ぼだい)を弔い、お前自身も解脱(げだつ)を求めよ」との言葉を遺(のこ)しました。
時国が言うように、相手と争って自分の恨みを晴らそうとすれば、今度は相手の恨み、憎しみが増幅していきます。
とはいえ、相手から受けた仕打ちを無条件に許すのは、簡単なことではありません。しかし、受け流すことなら、何とかできそうではありませんか。
「気に留めない」、「受け止めない」、「忘れる」ことで、次第に相手への恨みや怒りはやわらぎ、やがて消えていくのではないでしょうか。「やられたら、やり返す!」ではなく、「やられたら、忘れ捨てさる」ことが大切なのです。


富田 富士也とみた ふじや

子ども家庭教育フォーラム代表。教育・心理カウンセラー。千葉明徳短大客員教授、千葉大教育学部非常勤講師を兼務しつつ相談活動から若者の「引きこもり」をいちはやく問題提起する。『浄土宗新聞』『THE法然』『知恩』に連載。著書『甘えてもいいんだよ』『だっこ、よしよし、泣いて、いいんだよ』『心理カウンセラーを目指す前に読む本』等多数。