連載 仏教と動物 第12回 鳩にまつわるお話
イラスト 木谷佳子
お釈迦さまの前世における物語『ジャータカ』をはじめ多くの仏教典籍(仏典)には、牛や象などの動物から、鳥や昆虫、さらには空想上のものまで、さまざまな生き物のエピソードが記されています。この連載では『仏教と動物』と題して仏教における動物観や動物に託された教えについて紹介いたします。
第12回目は、日常で見られる動物「鳩」を取りあげます。
平和の象徴
鳩の種類は多く、その数は世界で約300種類に達します。そのうちのカワラ鳩を飼い慣らした伝書鳩は、最長約千キロという遠距離を帰還します。古来、このような鳩の帰巣性を利用して、遠隔地から鳩にメッセージを持たせて届けさせる通信手段の一種として使われました。
また、『旧約聖書』にある「ノアの箱舟」の記述では、ノアの洪水の時、箱舟から放たれた鳩がオリーブの若葉をくわえて戻ってきたことにより洪水の終了を知らせたとされ、「平和の象徴」として扱われるようになったとされています。
今回は、インドの仏教説話集『ジャータカ』にある、鳩にまつわるお話です。
ハトとカラス
昔、インドのバーラーナシーの都では、みんなが鳥をかわいがって暮らしていました。それぞれの家では、鳥が暮らしやすい所にわらかごをかけていて、自由に出入りできるようにしてありました。ある豪商の家で働いている料理人も、自分の台所に鳥かごを一つ下げていました。そこには白いハトが住みついていて、夜明けにかごを飛び出しては食べ物を探しに行き、日暮れになると帰ってきました。
ある日のこと、1羽のカラスが飛んできました。
「何か、いいにおいがするぞ」。そっと台所の中をのぞいてみると、大好きな肉や魚が山ほどありました。においをかいでいると、そのうちたまらなくなり、何とか台所に潜り込んで肉や魚を食べたいと考えました。カラスはそこの家の鳥かごにハトが住みついているのを見ると、ある計画を思いつきました。
翌日、朝早くやって来て、食べ物を探しに行くハトのあとを離れずについて行きました。これに気付いたハトは「いったいどういうつもりで僕についてくるんだい」とカラスに尋ねました。
「いや、すみません。私はあなたの飛び方がすっかり気に入ってしまったのです。これから私は、あなたにお仕えしたいのですが」
「君の食べ物は僕らハトとは全然違う。君が僕に仕えるのは難しいよ」
「なあに構いませんよ」カラスはそう言って、ハトについてきました。
「おれの好物はもっと別の所にあるのさ」とカラスは危うく口をすべらせそうになりましたが、息を飲み込んでごまかしました。
餌場に降りると、ハトは草の実などを食べました。しかし、カラスは、牛のふんをのけてやっと昆虫を少し見つけたりして、なんとかお腹を満たしました。夕方近くになり、ハトが料理人の台所目指して飛び立つと、カラスはまたそれについていき、とうとう家の中まで入っていきました。
「うちのハトが友達を連れてきたよ」。料理人はそう言って、もう一つのかごを台所に下げてくれました。それからは、2羽が住むようになりました。
ある日のこと、料理人の家へ大量の肉や魚が運ばれていくのが見えました。カラスはそれを見て欲しくてたまらなくなり、「明日は、餌場に行かず、おれはこいつを食べればいい」と、夜うめきながら寝ました。
翌日、ハトはいつものように早く目を覚ますとカラスを誘いました。
「どうぞ行ってください。私は胃が痛むのです」
「病気だというものを無理に連れていくのはできないな。けれどひょっとして、この家のものを狙っているのではないだろうね。人間の食べ物は鳥には合わないから、変な欲は持たないほうがいい。ひどい目に合うのは自分だからね」
ハトはそう言うと飛び立っていきました。
「しめた」。カラスはそっとかごから出てきました。
「ひき肉で腹は膨れないな。こま切れの方にぱくつくか」とカラスは気取って言うと鍋のふたの上に止まりました。そして、鍋の中の肉に食いつきました。ところが、欲張って大きな肉を掴んだので、取り出す時にふたに引っかかり、ふたが床の上に落ちてもの凄い音を立てました。
音を聞きつけた料理人が、慌てて部屋に入ってきました。「この泥棒カラスめ」。
料理人はカラスの首根っこを捕まえ、あっという間に羽をむしると、からしにピリピリとする調味料をたくさん混ぜて、カラスの体に擦り付け、かごの中に投げ入れました。
夕方になって帰ってきたハトは、かごの中で苦しんでいるカラスの姿を見ると、「僕の忠告を聞かなかった罰だ。欲張った報いは必ず自分に返ってくるのだよ。しかし、こんな泥棒を家に入れたのでもうこの家に住むことはできない」。ハトは料理人の家を去っていきました。
カラスはかごの中で丸裸で苦しみ、のたうち回って死んでしまいました。
貪欲を戒める
お釈迦さまは王子として生まれる前、さまざまな生き物として生まれ変わり、幾度となく善行を積んだ結果、ブッダ(覚者)となりました。
今回のお話は、お釈迦さまがジェータ林に滞在している時に、ある貪欲な修行僧について語ったものです。
登場するカラスはその貪欲な修行僧、ハトはお釈迦さまの前世の姿です。
カラスは自らの欲によって命をなくしました。貪欲について戒めています。
【コラム】善光寺「鳩字の額」
「遠くとも一度は詣れ善光寺」
こんな歌がうたわれるほど、庶民から厚く崇拝されていた信州善光寺。今年は、7年に一度の御前立本尊御開帳でにぎわいを見せました。
善光寺の重要文化財である山門には、有名な「鳩字の額」がかかっています。長野駅にもその額のレプリカが展示してありますので、ご覧になった方も多いでしょう。
額に書かれた「善光寺」の文字は、輪王寺宮公遵法親王の筆によるもので、大きさは3畳分もあると言われています。鳩字の由来は、額に書かれた「善光寺」の文字の中に5羽の鳩が隠されているためです。
さらに、「善」の一字が牛の顔に見えるとも言われ、強欲な老婆が、牛が角にかけた白布を追って善光寺に至り信仰にめざめたとされる有名な伝説「牛に引かれて善光寺参り」の信仰を如実に物語っています。
皆さまも善光寺に参拝された際には、鳩と牛を探してみてはいかがでしょうか。