心ゆくまで味わう 法然さまの『選択集』 第1回
浄土宗で〝第一の聖典〞と位置づけられる書物があります。宗祖法然上人(1133―1212)が著した『選択本願念仏集』(『選択集』)です。「極楽往生を遂げるためには、何より〝南無阿弥陀仏〞とお念仏をとなえること」とする浄土宗の教えを、微に入り細に入り説き示されています。
「お念仏、お念仏っていうけど、どうして?」。こんな素朴な疑問にもしっかりと答えてくれる「念仏指南の書」ともいえるでしょう。この『選択集』について、大正大学教授・林田康順先生に解説していただきます。
『選択集』を味わう前に ―――
皆さん、こんにちは。この連載を担当させていただく林田康順です。
『選択集』に込められた法然上人の教えをできるだけわかりやすく、正確にお伝えしてまいります。長い連載になりますが、どうぞ最後までおつきあいください。
兼実公の願いをうけ
『選択集』は、昵懇の関係にあった九条兼実(くじょうかねざね)(1149―1207)の願いをうけて書かれたものです。
建久8年(1197)、65歳の上人は一時体調を崩されますが、ほどなく回復。年明け元旦からは、毎年恒例の50日間の別時念仏に入り草庵に籠もられました。兼実公は使いを差し向け、自身の想いを伝えます。
「これまで何年もお念仏の教えをご教示いただいて参りましたが、なかなか理解するのは難しゅうございますため、是非とも一書におまとめいただきとう存じます。私のところにお越しいただけない時にはその書をもって面談に見立て、もしもの時には形見ともさせていただきたいのです」
上人はこれを受け入れて決意し、助手役として弟子の遵西(じゅんさい)・感西(かんさい)・証空(しょうくう)をそばにおき執筆に取り掛かりました。その年3月、『選択集』は完成します。
“選択”の意味するもの
「選択本願念仏」とは、衆生(人々)が、阿弥陀仏の建立した極楽浄土に生まれるための行(実践)として、あらゆる仏道修行の中から「阿弥陀仏が選択(取捨)」された「南無阿弥陀仏と口にとなえる念仏(称名念仏)」を意味しています。阿弥陀仏は「この称名念仏を修めれば、必ず極楽に救い導く」と、自ら「本願」として誓われています。
『選択集』で法然上人は、浄土宗がよりどころとする経典、『無量寿経』『観無量寿経』『阿弥陀経』(これを浄土三部経といいます)や、上人が師と仰いだ中国・唐の善導大師(ぜんどうだいし)(613―681)をはじめとする祖師方の著作から大切な文を抽出し、阿弥陀仏ばかりでなく、釈尊や他のあらゆる仏も、同様に称名念仏を「選択」されていることを理論化・体系化し、すべての人々を救済する行として、称名念仏こそ往生浄土のための唯一にして絶対の行であることを明らかにされたのです。
構成とあらすじ
『選択集』は16の章からなり、各章は、①章題である「篇目(へんもく)」、②その章で述べる内容の根拠となる文を、浄土三部経や善導大師などの著作から提示する「引文(いんもん)」、③「引文」に対する上人ご自身による解釈である「私釈(ししゃく)」の、三つの段から構成されています。
全16章(1~16)のあらすじを記してみましょう。
- 私たち凡夫(仏教の理解が浅く実践に乏しい者)は、厳しい修行を修め自らの力でさとりを開こうとする教え(聖道門)ではなく、阿弥陀仏の極楽浄土に往生し、そこでさとりを開くことを目指す教え(浄土門)によるべき。
- 浄土門によると決めたなら、阿弥陀仏や極楽浄土に縁の深い五つの行(五種正行)を実践することとし、それ以外の行(諸行)は捨ててしまうべき。さらに、その五つの行の中では、必ず浄土往生が叶う称名念仏行をもっぱらとし、他の四つの行は傍らに修めるべき。
- 阿弥陀仏が称名念仏を、浄土往生をかなえる本願の行(本願念仏。以下、特に但し書きがない場合、「念仏」とはこの「本願念仏」を指します)として選ばれたのに対し、諸行は選ばれなかったこと。
- 釈尊が衆生に念仏のみを勧め、諸行を勧めていないこと。
- 釈尊が、念仏には大きな功徳があるのに対し、諸行は小さな功徳に留まると説いていること。
- 釈尊が、念仏行ははるか先の時代まで留まるが、諸行はやがて滅んでしまうと述べていること。
- 阿弥陀仏の光明は、念仏を実践する人を照らし、諸行を修める人は照らさないこと。
- 念仏を実践する人が必ず具えるべき三つの心がまえ(三心)。
- 同じく、日々暮らしていくにあたっての四つの指針(四修)。
- 阿弥陀仏が仮の姿で現れた仏(化仏)は、念仏を修める人を讃え、諸行を修める人は讃えないこと。
- 釈尊が、念仏を修める人を讃え、諸行を修める人は讃えないこと。
- 釈尊は、念仏を未来の世まで伝え遺し、諸行を伝え遺さないこと。
- 釈尊が、念仏には多くの善根が含まれ、諸行は少ない善根に留まるとしたこと。
- あらゆる諸仏が、念仏により浄土往生がかなうのは真実であると証明し、諸行による浄土往生は証明していないこと。
- あらゆる諸仏が、念仏を修める人を護り念じ、諸行を修める人は護り念じないこと。
- 釈尊は、念仏を末永く未来の世まで伝え遺し、諸行を伝え遺さないこと。
あらたな息吹
全16章の中、1・2章では念仏の実践者になるための道筋を、8・9章では念仏実践者の具えるべき心がまえと指針を私たち衆生に向けて示され、3~7章と10~16章は仏の側に立って、称名念仏の絶対性・普遍性を明らかにしています。
なお、最終16章には、引文に対応する私釈がなく、『選択集』全体の総括として、阿弥陀仏と釈尊と諸仏による、念仏一行の八種類の選択と、私たち衆生が念仏一行に至るまでの三段階の選び取りが示されます。
法然上人は、こうした独自の構造で説き進める『選択集』によって、選択本願念仏の正統性と真実性を確立しました。そして、厳しい修行と智慧の獲得を絶対視していたそれまでの仏教(智慧の仏教)に変革を促し、だれもが等しく救われる、阿弥陀仏による救済の仏教(慈悲の仏教)の提唱を目指したのです。
こうした意味において『選択集』は、浄土宗における根本聖典というのみに留まらず、日本に伝来後600年を経、権威的色彩を帯びていた当時の日本の仏教に根本的な変革、あらたな息吹をもたらし、現代に念仏を伝えてきた画期的な書ということがいえるのです。
次回からは第1章を開いていくことにします。
Q&A 教えて林田先生
九条兼実公とはどんな方ですか? また法然上人とはどのような関係だったのでしょう?
兼実公は、藤原氏嫡流(ちゃくりゅう)の五摂家(ごせっけ)の一つ、九条家の祖で、摂政・太政大臣・関白などの要職を歴任しました。40歳の時、22歳の長男良通公(よしみち)が急死し世の無常を痛感、翌年、法然上人に出会うと、たびたび上人を自邸に招き、念仏の教えを学び帰依します。兼実公のみならず、女房や娘の宜秋門院(ぎしゅうもんいん)も上人から戒を受け、後、兼実公と宜秋門院は上人を師として出家します。上人が晩年流罪となった際には、配所を土佐から自身の領国である讃岐へ変更するなど、サポートにも力を尽くしました。
◉林田 康順(はやしだ こうじゅん)
- 大正大学仏教学部教授
- 慶岸寺(神奈川県)住職
- 法然浄土教、浄土宗学が専門。『浄土宗の常識』(共著、朱鷺書房)、『法然と極楽浄土』(青春新書)ほか、著書・論文など多数。
「法然さまの『選択集』」は、『浄土宗新聞』紙版で連載中。
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