浄土宗新聞

千年の善行にも勝る お十夜

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10月に営まれる大本山光明寺の十夜法要。祐崇上人から伝わる引声念仏を守り続けている
10月に営まれる大本山光明寺の十夜法要。祐崇上人から伝わる引声念仏を守り続けている

秋も深まりをみせ、肌寒さを感じることも多くなってきたこの頃、全国各地の浄土宗寺院では、「十夜会(十夜法要)」が営まれます。
「十夜」とは「十日十夜」を略したもので、元来は、十日十夜の間、昼夜を問わずお念仏をとなえる法要。現在では、10月から11月にかけて、数日間から1日と日数を短くして勤める寺院が多いようです。
この法会は平貞国が、京都・真如堂で営んだのが始まりとされます。それが浄土宗でおこなわれるようになったのは、明応4年(1495)、鎌倉の大本山光明寺第9世祐崇上人(1426‐1509)と、後土御門天皇との縁がきっかけとされています。

後土御門天皇の時代は、応仁の乱が起こり、打ち続く戦乱の中で庶民は生活に困窮し、まさに地獄の様相を呈していました。天皇はいたくこのことを悲しまれ、戦乱に生きる人々が一日も早く平和に暮らせるよう、仏の教えに救いを求め、請われたのが祐崇上人でした。
上人は、宮中での講義で、浄土宗で最も大切にするお経の一つ『無量寿経』の中に、「煩悩や誘惑の絶えないこの娑婆世界(私たちの住む世界)で十日十夜の間、善行(善い行い)を積むことは、仏の国(極楽浄土)で千年にわたって善行を修めるよりも勝れている」と説かれ、真如堂の僧侶とともに、引声念仏(独特の節を付け、太鼓と双盤を打ちながらとなえる念仏)などを法要の中で修したところ、天皇は感激して、浄土宗の教えに帰依し、光明寺で十夜法要を勤める勅許を与えたとされます。
経文の趣旨を汲むと、この世で善行を積むことの難しさと、そのなかでも善行をなそうとする尊さが説かれています。浄土宗において最も功徳をいただける善行とは、「南無阿弥陀仏」とお念仏をとなえることに他なりません。

お念仏はいつでも、どこでも、誰でもできる易しい行といわれます。しかしながら、普段、日々の生活に追われ、私たちは思うとおりにお念仏をとなえることができないものです。
阿弥陀さまは、人々の苦しみを自ら背負い、その幸せと平和を求めて誓願(衆生救済のための誓い)を立てられました。気の遠くなるような長い修行の末、「南無阿弥陀仏」ととなえれば、誰もが極楽浄土へ往生できるようにしてくださいました。法然上人は、「南無阿弥陀仏の6文字のなかには、阿弥陀さまのあらゆる功徳が込められている」とおっしゃっています。
十夜会は、善行(お念仏)を積む絶好の機会となります。お参りの際には、一心にお念仏をおとなえしましょう。またお参りする機会のない方は、阿弥陀さまに想いを馳せながら、お念仏をおとなえしてみてはいかがでしょうか。