浄土宗新聞

【浄土宗の読む法話】「旅支度を整える」

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秋の行楽シーズンを迎えました。旅に出るのは楽しいものですが、遠く見知らぬところへ行くとなると、不安や心配もあります。信頼のできる旅行社に手配を任せて、必要な旅支度を整えれば、あとは安心して楽しい旅の始まりを待つばかりです。

人生の旅路も必ず終わりが訪れ、いつか見ず知らずの不安に満ちた世界へ旅立たねばなりません。今のうちにしっかりと、次に生まれ行く先を定め、その旅支度を整えておけば安心です。

住職になって間もない頃の事、こんな出来事がありました。それは、本堂で月例の行事が終わって、それぞれ皆さん帰って行かれたのですが、一人の方が駆け戻ってきて「和尚さん、大変やあ」というのです。「さようなら」と、いつものように挨拶をして帰って行かれた一人の方が、並んで歩いておられた方に寄り掛かる様に倒れてきたのでした。駆け付けたご主人に抱きかかえられ、救急車を待ち、病院へと運ばれました。

この方のおうちは、ご主人と、この方の実の母親と3人暮らしでした。お母さんは熱心なお念仏の信者で、高齢になり、我が娘であるこの方にお寺参りを引き継いでいたのでした。

どうしておられるのか、何の連絡もないままに心配が募るばかりです。連絡がないということは、頑張っておられるからだろうと思いつつも、お母さんのことも気がかりでした。そして、3日目の朝、ついに知らせがありました。枕経に来てほしいとのことです。支度を整え向かいましたが、お母さんに何と声を掛けたらいいのか、頭の中は迷いの中に答えを見つけられずにいました。玄関を入るなり、お母さんが奥から飛び出してきて私の手をギュッと握りました。私はもうパニックで頭の中は真っ白になりました。

その時です。「うちの子は幸せでした」、思いもかけない言葉に、こちらが助けられました。「あの子はお寺が大好きで、いつもお念仏を唱えていました。その子がお寺でお念仏を申したその清らかなままにお迎えを戴いたのですから、こんな幸せな子はありません」

別れの悲しみの涙は目に溢れていましたが、親子共々に、しっかりと極楽浄土へと生まれ行く旅支度を整えておられたからこその受け取りでありましょう。

真のお念仏信仰のありがたさ、尊さ、悦びに出会った瞬間でした。

五重相伝や授戒会等の機会に恵まれましたら、ぜひともお受けになり、お念仏信仰を体得され、人生の旅支度を整えておかれます事をお勧めいたします。

 後の世もこの世もともに南無阿弥陀仏 佛まかせの身こそ安けれ

合掌

和歌山教区西牟婁組 来迎寺  榎本了示