浄土宗新聞

連載 仏教と動物 第10回 犬にまつわるお話

(イラスト 木谷佳子)

(イラスト 木谷佳子)

お釈迦さまの前世における物語『ジャータカ』をはじめ多くの仏教典籍(仏典)には、牛や象などの動物から、鳥や昆虫、さらには空想上のものまで、さまざまな生き物のエピソードが記されています。この連載では『仏教と動物』と題して仏教における動物観や動物に託された教えについて紹介いたします。
第10回目は、愛らしく人気のある動物「犬」を取りあげます。

世界中で愛される動物

犬は最も古く人に飼われた動物で、世界中で飼われ、200以上の種類があるといわれています。
犬の起源には諸説ありますが、約1万5千年前に中近東で狼が家畜化したと考えられ、その家畜化した狼が、アジア、ヨーロッパ、アメリカの順番に広がっていったという説が有力とされています。
日本には、飼い主の死後も約10年にわたって東京の渋谷駅に通い続けた「忠犬ハチ公」など、犬というと主人に忠実・従順というイメージがあります。
仏教の中で伝えられている説話のなかにも、『ジャータカ』にはお釈迦さまが白犬としてこの世に生まれていた時のことが記されています。

犬の教訓

昔、インド・バーラーナシーの都のある墓地に数百の野犬の群れが住んでいました。群れを率いているのは、一匹の白犬でした。野犬に似ず神々しいほどの美しい毛並みで、その姿は威厳に満ちあふれていました。
ある時、ブラフマダッタ王の馬の革の手綱が、夜の間に食べられてしまうという事件が起きました。周囲の足跡を調べてみると、それは犬のものでした。そこで家来たちは、王さまに報告しました。
「犯人は、どうやら野犬のようでございます。下水口をつたって城内に入ったのに違いありません」
王さまは、犬たちに腹を立て、「犬どもを見つけ次第殺してしまえ」と命令しました。
それ以来、犬たちには大きな災難が生じました。野犬たちは、見つかり次第殺されてしまうため、墓地に住む白犬のところへ逃げてきて助けを求めました。
「手綱を食べたのがだれなのか、知っているものはいないのか」
「いろいろ調べてみましたが、食べた者はだれ一人いません。第一、厳重に柵の打ち込まれた下水口から城内へ入るなど到底できるものではありません。そうなると、王宮の飼い犬以外には考えられないのです」
「よしわかった。お前たちは、もう何も恐れることはない。今から私が王宮に行き、無謀な虐殺をやめるよう、王さまに進言してこよう」
白犬はそう言うと、「私の身に、決して危険が及ばないように……」と呪文を唱えて、一人で王宮に入りました。不思議なことに、誰一人止める者はいませんでした。
王宮に入ると、白犬は玉座の下にもぐり込みました。家来たちは、驚いて捕まえようとしましたが、王さまは止めました。白犬は玉座の下から出て一礼し、王さまに話しかけました。
「王さまは、どのような罪で私たちを殺そうとなさっているのですか」
「わしの愛馬の手綱を食べたのだ。だからわしは、犬という犬を殺せと命じたのだ」
「それでは、犬という犬はすべて、一匹残らず殺してしまうのですか」
「すべての犬といっても、王宮の犬だけは別だ」
「大王よ、あなたはご自分の愛馬や愛犬がかわいいばかりに、王としての道をお忘れになっています。一国の王たるものは、物事を判断することについては、秤のようにどちらにも片寄らないものであらねばなりません」
そう言ってから、白犬は詩を唱えました。
 
 王家において養われ、 
 育ちよく、美しさと力を そなえた犬たち、 
 かれらは殺されず、われ らが殺される。 
 これは同じ殺しではない。
 これは弱いもの殺しだ。

王さまは白犬の言葉を聞いて言いました。
「では、お前は犯人を知っているのか」
「知っています。手綱を食べたのは、王宮の飼い犬たちです」
「なに、どうしてそれが分かるのか」
「それでは今からその証拠をお見せしましょう。家来に王宮の飼い犬を連れてきて、バターと薬草を持って来させてください」
王さまは言われたとおりにしました。
やがて、王宮の飼い犬たちが連れ出され、白犬は、薬草をバターの中でつぶし、その汁を犬たちに飲ませると、飼い犬たちは革を吐き出しました。
それを見た王さまは深く恥じ入って白犬に頭を下げました。
白犬は正義を説きました。王さまは毎日、白犬をはじめとするすべての野犬に自分と同じ食事を振る舞い、白犬の教えを一生守り続けました。

正義を説く

お釈迦さまは王子として生まれる前、さまざまな生き物として生まれ変わり、幾度となく善行を積んだ結果、ブッダ(覚者)となりました。
このお話は、お釈迦さまがジェータ林に滞在していた時に、弟子たちに同族を利する行いについて語られたものです。
登場する白犬はお釈迦さま、王さまは十大弟子の阿難尊者の前世の姿です。
いわれのない罪で野犬を迫害する王に、智慧のある白犬が王としての歩むべき道を説いて心を改めさせました。
智慧と不殺生、正義の大切さを表しています。


【コラム】神仏を守護する 狛犬

狛犬(重要文化財・奈良国立博物館蔵)出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

寺院や神社の境内でよく見かける狛犬。恐ろしげな顔をして、たてがみもあるこの動物を「狛犬」というのは、少し変だと思うかもしれません。私たちの知っている愛らしい犬とは、印象が違っていて、むしろ猛獣と言うほうがふさわしいようです。
昔の日本人もこれには悩んだようで、狛(現在の朝鮮半島)から来た犬だと考えたり、隼人(昔の九州南部に居住したとされる人たち)が犬の声をまねて天皇の警固をしたことにちなむと解釈をしたりしています。
しかし、本来の起源は、仏菩薩像を守護するために、その前に2頭の獅子(ライオン)を置いたことにあり、中国の唐時代に仏教とともに日本に伝えられたとされています。奈良時代までは獅子2頭でしたが、平安時代に入ると、獅子と狛犬の組み合わせが登場しました。
一般的に、向かって右側の獅子像が口を開いており(「阿形」)、左側の狛犬像が口を閉じ(「吽形」)、古くは角を持っていました。
これは、同じく阿形像と吽形像がある仁王像と同様、日本における仏教観を反映したものと考えられています。