浄土宗新聞

連載 仏教と動物  第18回 蛙にまつわるお話

お釈迦さまの前世における物語『ジャータカ』をはじめ多くの仏教典籍(仏典)には、牛や象などの動物から、鳥や昆虫、さらには空想上のものまで、さまざまな生き物のエピソードが記されています。この連載では『仏教と動物』と題して仏教における動物観や動物に託された教えについて紹介いたします。
第18回目は、身近で親しみのある動物「蛙」を取りあげます。

古今東西の物語で語られる動物

蛙は無尾目に属する両生類で、古代の魚類が進化し、初めて地上に四肢で歩くことができるようになった動物であるといわれています。
南極大陸を除いたすべての大陸に分布していて、世界中でこれまで約7千種が確認されています。日本では、48種類のカエルの仲間(亜種)が確認され、その見た目はもちろん、生態や鳴き声もさまざまです。
このようにほとんど世界中に分布している蛙は、ひとに身近な動物だったためか、古今東西のさまざまな文学や物語で多く語られてきています。
今回は、『ジャータカ』にある、蛙にまつわるお話です。

カエルの裁き

昔、インドのバーラーナシーの都でブラフマダッタ王が国を治めていた時のことです。
当時、人々は、魚をとらえるために、川や渓谷などのあちらこちらに網を仕掛けました。
ある網にたくさんの魚が入りました。
その時、川に棲む1匹の毒ヘビが魚を追いかけていて、誤って人間の仕掛けた網にかかってしまいました。狭い網に入ってしまうと、体の大きいヘビは身動きがとれなくなってしまいました。それを見ると、たくさんの魚たちはいっせいにヘビに襲いかかりました。体中をかみつかれ、血みどろになったヘビは、死に物狂いで魚と戦いましたが、多勢に無勢ではどうにもなりません。ヘビは死ぬよりましだと、やっとのことで網の目を食い破って逃げ出しました。体中の痛みに弱り果てたヘビは、水際にようやく這い上がると、ぐったりしてのびてしまいました。
ちょうどその時、1匹の青ガエルもまた、水際で、すやすやと昼寝をしていました。
傷ついた毒ヘビは何とも悔しくてたまりません。自分と魚たちのどちらが悪いのか白黒つけてもらおうと、青ガエルのそばに寄っていきました。
「なあ青ガエル、あの魚たちは、大勢でたった1匹のおれに襲いかかってきたんだ。網の中で身動きがとれないのをいいことに、寄ってたかって食いついてきたのさ。まったくあいつらときたら、なんて卑怯な奴らだ。どう思う、君。君に裁いてもらいたいんだ」
ヘビは苦しさに身をよじらせなから、うめきました。
「いや、私はそうは思わないね。なぜかと言えば、君は君のそばに来た魚を食べるだろう。もとはと言えば今度のことだって、君が魚を追いかけて網にかかったんじゃないか。魚だって食べられたくないのさ。同じことだよ。網の中で自分たちの方が有利だと分かれば、魚も君に襲いかかってくる。自分のえさの縄張りの中では、誰だって入ってきたものを逃がしはしない。当然のことさ」
青ガエルはヘビを見つめ、さらに諭すように言いました。
「自分に力がある間は他を脅かし、ひたすらかすめ取ろうとする。けれどひとたび自分に力がなくなれば、今度は脅かされる運命となる。かすめ取ってはまたかすめ取られ、その繰り返しの中で生きているのだよ」
青ガエルがこうして事件を裁いている間にも、網の中で泳いでいた魚の群れは、ヘビが弱って動けないのに気づき、良いえさがあるとばかりに網の目を抜け出し、水の中からヘビのしっぽをくわえ川の中に引きずり込んでしまいました。そしてお腹いっぱいその肉を食べると、また群れを成してさっさと去っていきました。
水際では青ガエルが、大きなまぶたを閉じて、生きているものの宿命の悲しさをかみしめていました。

盛者必滅を表す

お釈迦さまは王子として生まれる前、さまざまな生き物として生まれ変わり、善行を積んだ結果、ブッダ(覚者)となりました。
このお話は、お釈迦さまがインドの祇園精舎に滞在している時に、父であるビンビサーラ王を殺害して王位を得たマガダ国の王・アジャータサットゥ(阿闍世)について語られたものです。
登場する青ガエルはお釈迦さま、毒ヘビは阿闍世の前世の姿です。
魚を追いかけていて網にかかったヘビは、逆に魚たちにかみつかれてしまい、水際の青ガエルにどちらが悪いかと裁きを頼みました。
すると青ガエルはヘビが今まで魚に対してやってきた行いが、ヘビの受けた仕打ちと同様であることを告げました。
このお話では、この世は無常であり、勢いの盛んな者もついには衰え滅びるという盛者必滅の理を教えています。

縁起の良い動物「カエル」

二見興玉神社の蛙像 ©dokosola / PIXTA(ピクスタ)

古来、日本には、「商売繁盛」を表す「招き猫」で有名なネコや、前にしか進めないため、「不退転」の精神を表す勝虫として武士に喜ばれたトンボなど、縁起の良いとされる動物は多くいますが、カエルもまたその一つです。
カエルは語呂合わせで、「福をむかえる、お金が還る、若返る、無事に帰る」など縁起の良い言葉になり、金運、家族、幸運などを表します。
その他にも、卵をたくさん産むので「子孫繁栄」、雨が降りそうな時に鳴くことから「天の恵みによる豊作」をもたらすとも言われています。
三重県伊勢市にある二見興玉神社など、日本神話に登場する神「猿田彦大神」が祀られている神社では、カエルが神の使いとされていることがあります。これは一説には、猿田彦大神が、一度この世を去り再び蘇ったという伝説が由来とされ、「蘇る(よみがえる)」「黄泉返る(よみがえる)」とされて、カエルが猿田彦大神の使いとなったと言われています。