浄土宗新聞

心ゆくまで味わう 法然さまの『選択集』 第7回

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浄土宗で〝第一の聖典〟と位置づけられる書物『選択本願念仏集』(『選択集』)。「極楽往生を遂げるためには、何より〝南無阿弥陀仏〟とお念仏をとなえること」とする浄土宗の教えを、宗祖法然上人(1133ー1212)が微に入り細に入り説き示された「念仏指南の書」ともいえるものです。大正大学教授・林田康順先生に解説していただきます。

第1章
道綽禅師聖道浄土の二門を立てて、しかも聖道を捨てて正しく浄土に帰するの文

||味わい方

このコーナーでは、『選択集』の現代語訳と林田先生による解説を掲載しています。
現代語訳部分は、篇目(章題)、引文(内容の根拠となる文章の提示)、私釈(引文に対する法然上人の解釈)で構成されています。

前回の復習】

前回は、慈恩大師が撰述した『西方要決』からの引用文を紹介しました。大師は、すべての仏教の教えを、厳しい修行をしてさとりを目指す〈三乗〉と、ただひたすらに阿弥陀仏を念じて西方浄土を目指す〈浄土〉に分けます。そして「さとりに到達する者などひとりもいない」という時代観に基づき、修行もままならない私たちは〈三乗〉の教えではなく、〈浄土〉の教えに心を寄せるべきことを強調されたのです。今回は、その二つの教えをめぐる法然上人の解説から始まります。

【私釈】

この『西方要決』に説き示される〈三乗〉とは、道綽禅師の『安楽集』に説かれる聖道門、同じく〈浄土〉とは浄土門にほかなりません。言葉こそ異なりますが、両者の意図するところはまったく同じなのです。浄土宗の教えを学ぶ者は、まず以上の趣旨をよくよく心得るべきです。
仏教が正しく伝えられていた遠い昔の、徳や智慧をそなえ、才能や物ごとを見据える能力の豊かだった方々でさえ、こうして浄土門の教えに帰依されたのです。まして、仏教が廃れていく末法の時代に生をうけた愚かな私たちなのですから、浄土門に帰依する以外に道はないでしょう。

【解説】

法然上人は、『西方要決』に説き示される〈三乗・浄土〉という仏教の分類は、〈聖道門・浄土門〉に対応すると述べられます。ここで気をつけたい点は、『西方要決』の著者、慈恩大師は、中国における法相宗の宗祖だということです。
当時の日本では、奈良の興福寺を中心とする法相宗は天台宗や真言宗などと並び、絶大な影響力を持っていました。前号で法然上人は、真言宗で祖師の一人とされる龍樹菩薩、天台宗で高祖と仰がれる天台大師の説を提示しました。これと同じく慈恩大師が浄土往生を勧めていることは、実に大きな意味があり、それを背景に上人は、浄土宗の教えの正統性を改めて訴えられたのです。その上で、徳や智慧を具えた曇鸞大師や道綽禅師のような方々でさえ、聖道門を捨て浄土門に帰入された以上、さとることができない末法の世に生をうけた私たちが、浄土門の教えに帰依しないわけにはいかないと結論づけられます。それは、今を生きる私たちも例外なくあてはまります。なぜなら、法然上人の目から見れば、聖道門の教えをまっとうしこの身このままでさとりを開くことができる者など、ただの一人もいようはずがないからです。 

【私釈】

〈質問します〉聖道門に分類される諸宗においては、それぞれ師匠から弟子へと教えが相承(受け継がれること)されています。例えば、天台宗は、慧文―南岳―天台―章安―智威―慧威―玄朗―湛然…、真言宗は、大日如来―金剛薩埵―龍樹―龍智―金智―不空…という具合です。
その他の宗派においても、それぞれ師匠から弟子へと正しく教えが相承されたことを証明する血脈というものがあります。
新たに立教開宗された浄土宗にも、このように師匠から弟子へと正しく教えが相承されたという血脈を示す系譜があるのですか。
〈お答えします〉聖道門の諸宗に伝えられる血脈のように、浄土宗にも血脈はあります。ただし、浄土宗の中にもいくつかの系統があって、一様ではありません。すなわち、

①阿弥陀仏の観想を主とする廬山の慧遠法師を祖とする流れ、
②禅や律など諸宗との融合を説く、慈愍三蔵を祖とする流れ、
③阿弥陀仏の本願を中心に据えた称名念仏を説く道綽禅師・善導大師を祖とする流れ、

などです。
今ここでは、③にあげた道綽禅師・善導大師を祖とする流れに依って、師匠から弟子へと相承される血脈を論じるならば、これにも二つの説があります。
一つは、『安楽集』に説かれる、菩提流支三蔵―慧寵法師―道場法師―曇鸞大師―大海禅師―法上法師という説。
二つは、『続高僧伝』と『宋高僧伝』に基づいた菩提流支三蔵―曇鸞大師―道綽禅師―善導大師―懐感法師―少康法師という説です。

【解説】

第1章の最後に法然上人は、浄土宗の相承について三つの流れを提示されます。その中、道綽禅師・善導大師の流れこそ、わが浄土宗の正統にほかなりません。さらに上人は、阿弥陀仏の本願を尊び、称名念仏の教えを宣揚してこられた祖師方をご自身で選び取られ、善導大師を中心に据えた新たな系譜を確立されました。
本章において、浄土門に帰入すべき以外に救われる道がないことを明らかにされた法然上人は、次の第2章以降、その善導大師の教えを中心に論を展開されていくのです。

Q&A 教えて林田先生

法然上人が選定されたという「浄土五祖」について教えてください。

『選択集』撰述の数年前、法然上人は、中国に浄土教の教えを弘めた「浄土五祖」〈曇鸞・道綽・善導・懐感・少康〉という流れを創唱されました。この5名はいずれも阿弥陀仏の本願念仏を尊び、称名念仏を勧める祖師方です。『選択集』では、これに仏教発祥の地であるインドの僧・菩提流支三蔵を加えることで、お念仏の流れが〈インド・中国・日本〉という3国に連なることを明らかにされたのです。

  • 林田 康順(はやしだ こうじゅん)
  • 大正大学仏教学部教授
  • 慶岸寺(神奈川県)住職
  • 法然浄土教、浄土宗学が専門。『浄土宗の常識』(共著、朱鷺書房)、『法然と極楽浄土』(青春新書)ほか、著書・論文など多数。

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