会えない時間を越えて 秋彼岸
9月に入り、秋の訪れを感じる頃になると、田んぼの畦や道端に鮮やかな赤い彼岸花が咲き始めます。この花の名前の由来には、「根に毒があり、食べると彼岸へ行くから」「悲願の花が転じた」など諸説ありますが、一般的には「彼岸の頃に咲く花」であることから「彼岸花」と呼ばれるようになったとされています。
秋分の日を中日とした7日間(今年は9月20日〜26日)は「秋彼岸」と呼ばれ、多くの寺院で彼岸法要が営まれます。「彼岸」とは、本来「向こう岸」を意味する言葉で、浄土宗では、阿弥陀さまのいるとされる西方極楽浄土を喩える言葉として用いられています。法然上人が師と仰いだ中国の善導大師(613―681)は、春分・秋分の日には太陽が真西に沈むことから、その彼方にある西方極楽浄土に思いを馳せ、往生の願いを新たにするのにふさわしい日であると説かれました。
また、極楽浄土のありさまを説く『阿弥陀経』には、「倶会一処(ともに一つの場所で会う)」という一文があります。これは、「来世で極楽浄土に生まれることで、亡くなった方々と再び会うことができる」という意味です。今を生きる私たちがお念仏をおとなえし、亡くなった方々との再会を願うことが、お彼岸という仏教行事の大切な意味とされています。
日々の忙しさの中で、いつの間にか目の前のことだけで精一杯になっている私たちが、ご先祖さまを偲び、自分はどこへ向かって生きているのかを見つめ直す大切な機会でもあります。
彼岸花の花言葉には、「悲しい思い出」がある一方で、「また会う日を楽しみに」という意味もあるといわれます。大切な人との別れには、言葉では言い尽くせない悲しみがあります。しかし、お念仏をよりどころとして〝極楽でまた会いたい〟と願うことは、悲しみを消そうとするのではなく、その悲しみにそっと寄り添いながら、今日を生きる私たちの心を静かに支えてくれるように思います。
今年、彼岸花を見かけたならば、その花の向こうにある「彼の岸」に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。亡き方々を偲び、阿弥陀さまのお浄土に心を向ける─そんなひとときが、お彼岸の尊い時間となれば幸いです。