令和3年9月
浄土歌壇
奈良 中村宗一
葉脈の中から花が咲くという飛鳥の寺で菩提樹を見る
評
作者は初めて菩提樹を見たのであろうか。釈尊がこの樹下に座して悟りを開いたと伝えられ、神聖視されている。上句からその感動が直に伝わる。
京都 木瀬隆子
紫陽花をこよなく愛でし住職の一周忌の秋に一毬の花が
評
結句に作者の感動が集約されていて、しかも一周忌の秋に。素直に詠われていることが何よりだ。
埼玉 山本 明
夢を追う二軍選手の球場は土手を下って夏草の中
評
初句にやや表現の甘さがあるようにも思えるが、その球場の場所が結句の如くでなかなかきびしい。
岡山 長谷川多佳子
接種終え自転車をこぎ跨線橋に雨後の里山霧立ち上る
大阪 林 孝夫
帰省出来ぬ娘に送る野菜の箱畑の元気をあなたに届ける
京都 根来美知代
転た寝の肩を確かに叩かれて座り直すもやはり一人居
東京 蚫谷定幸
藪入りの閻魔さん詣でひととせの垢を落として線香供ふ
埼玉 岸 治已
六月のカレンダーには丸二つワクチン接種一回目二回目
東京 代田ユキ
いとまある夕暮どきの一人居は何かが足りない通り雨降る
大分 小林 繁
整然と苗を植え行く田植機を運転するは若き後継ぎ
三重 服部浩子
元医師のひまわり畑の五千本新種の黄色が地方紙を飾る
青森 井戸房枝
彼岸の寺久しく見ない友と会ひ共にひとり身話は尽きず
滋賀 三宅俊子
看護師におうむ返しに聞きし姉アイパットにて逢うも久しき
岡山 谷川香代子
エレベーターに乗り合わせたる身障者の少女とタッチすコロナ忘れて
評
元歌はかなり字余りであった。説明にならないように、切り口で捉えるのはなかなか難しい。
浄土俳壇
長崎 平田照子
高速船ペンキぬりかえ梅雨晴間
評
ペンキを塗り替えた高速船が梅雨の晴れ間を快走しています。その風景、明るくて快く、その気分が読者によく伝わります。
青森 中田瑞穂
兄弟は若年寄りよ梅雨明ける
評
「若年寄りよ」から驚きと笑いを感じます。兄弟の若年寄的風格にふと気づいたのですね。「灯台が島に根を張る海霧海峡」も中田さんの作。
山梨 山下ひろ子
右に姉左に妹夏の昼
評
三姉妹でしょうか。三姉妹が元気で揃って、暑い夏の昼が少し涼しくなった感じ。
京都 孝橋正子
庭の枇杷捥ぎ給食に差し入れし
滋賀 三宅俊子
三伏の生み立て玉子かけ御飯
青森 井戸房枝
水打って孫の決めたる人を待つ
埼玉 三好あきを
子や孫の指図のままぞ夏の雲
茨城 齊藤 弘
もぎたての胡瓜揉み添え朝の膳
和歌山 福井浄堂
夏帽を斜めに被る老教師
長崎 松瀬マツ子
庭の隅睡蓮の咲く古火鉢
滋賀 山本祥三
虹の根は妻の実家のあたりから
福岡 古賀幸子
万緑にいて万緑を展望す
埼玉 須原慎子
梅雨晴間背伸びしながらシーツ干す
佐賀 織田尚子
あとどんな日が待つのかな百合の花
秋田 鈴木修一
朝風や花火の街の花ざくろ
大阪 光平朝乃
木苺を摘み摘み歩く山の道
大阪 林 孝夫
私済み妻の予約は七夕に
大阪 岡崎 勲
道の駅婆の顔ある夏野菜
神奈川 上田彩子
大夕焼赤城榛名もその中に
鳥取 徳永耕一
野仏の退屈な掌に梅雨の蝶
岩手 佐々木敦子
風鈴の舌に雨ニモマケズの詩
京都 根来美知代
声高の早朝ラジオ初茄子
大阪 大内純子
素麺を夫と作るやてんやわんや
奈良 畷 崇子
現場には男子三人三尺寝
評
「現場隅」を「現場には」とした。こうすることで、なんの現場だろうと読者に期待感を抱かせる。三尺寝は今ではやや古い季語、大工などが現場で昼寝をすることを言う。