浄土宗新聞

連載 仏教と動物 第11回 鼠にまつわるお話

仏教と動物  第11回 鼠にまつわるお話

イラスト 木谷佳子

お釈迦さまの前世における物語『ジャータカ』をはじめ多くの仏教典籍(仏典)には、牛や象などの動物から、鳥や昆虫、さらには空想上のものまで、さまざまな生き物のエピソードが記されています。この連載では『仏教と動物』と題して仏教における動物観や動物に託された教えについて紹介いたします。
第11回目は、世界中に生息する動物「鼠」を取りあげます。

かじる動物

インドの男性の出家修行者が衣服として用いて良い十種の布(十種糞掃衣)の一つに「鼠嚙衣」(鼠囓衣)と呼ばれるものがあります。これは鼠にかじられた布で作ったもので、鼠がインドの典籍に登場するのは、たいがい「物をかじる」動作に関わることです。

鼠が物をかじって人助けをする話や、戦で窮地に陥った王の頼みにより、敵軍の武器や鎧の緒をかみ切って王に勝利をもたらした話など、様々な譬え話に鼠が登場します。

今回は、インドの仏教説話集『ジャータカ』にある、鼠にまつわるお話しです。

水晶箱の中のネズミ

昔、カーシ国のある村に、一人の大富豪が住んでいました。彼の蔵には宝物があふれ、4億金の財宝がありました。ある日、その富豪の妻が、病気がもとで死んでしまいました。死んだ妻は、金に対する執着心が人一倍強かったので、ネズミに生まれ変わって、その財宝庫の上に住むことになりました。それから長い時が経ち、大富豪の家族は一人残らず死に絶え、その村も滅んでしまいました。

その村の跡に、いつからか石工が住むようになりました。彼は近くの山から石を切り出し、それを色々に細工して生計を立てていて、なかなかの腕前でした。

ある時、石工がいつものように石を刻んでいると、例のネズミが通りかかりました。そして、石工の刻んだものを見て感心し溜息をつきました。「こんなに美しい彫り物ができる人はよほど優れた人に違いない」とネズミは石工に何かを与えないではいられない気持ちになり、考えました。

「私は多くの財宝を持っているが、いずれ心ない人々に奪われてなくなってしまうだろう。そうだ、この人に財宝を分け与えることにしよう」と1枚の金貨を口にくわえて石工のもとに行きました。

石工はネズミを見て、優しい言葉をかけました。

「どうして私に高額な金貨をくれるんだね」

「私はあなたを見ていて好きになったのです。この金貨でまずあなたの物を買い、余った金で私に肉を買い与えてください」

「それはありがたいことだ」と言って金貨を取り、家に帰って、小銭で肉を買って来てネズミに与えました。喜んだネズミは肉を住み家に持って帰ると、腹いっぱいになるまで食べました。それからというもの、ネズミは毎日、金貨を1枚ずつ運んできて石工に渡し、石工はそのたびに肉を買ってきてネズミに与えました。

ところがある日のこと、ネズミはふとした油断で、猫に捕まえられてしまいました。ネズミはもがきながら言いました。

「どうか、私を殺さないでください」

「どうしてだ、おれは腹がすいて、肉が食べたくてならんのだ」

「それでは、あなたは1日だけ肉を食べたいのですか、それとも毎日ですか」

「そりゃ毎日食べたいさ」

「それならば、私が毎日肉をあげますから、私を放してください」

猫は毎日肉をやるという言葉に引かれて、しぶしぶネズミを放しました。それ以後、肉を2分して、一方を猫にやり、もう一方を自分で食べました。

その後も3回、別の猫に捕まってそのたび同じ約束をしたので、とうとう肉を5等分しなければならなくなってしまいました。そうしてネズミは食べ物が不足して体がやせ衰え、骨と皮ばかりになってしまいました。石工はこのネズミの哀れな様子に気づくと、心配して尋ねました。「いったい、どうしたというのだね。そんなにやせてしまって」

ネズミはそのわけをありのままに話しました。

石工は、どうしてもっと早く相談してくれなかったのだと優しく言うと、透明な水晶の容れ物を作って、持ってきました。

「この容れ物に入って横たわり、やって来るものどもを悪口でもっておどしなさい」。石工がそう言うと、ネズミは容れ物に入って横たわりました。すると猫がやって来て、「約束どおり肉をくれ」と言いました。そこで、ネズミはその猫に、「悪い猫め、肉などやるものか。おまえの子どもの肉でも食え」とおどしました。

猫はネズミが水晶の容れ物に入っているのも知らずに、怒って飛びかかりましたが、容れ物に胸を強く打ちつけ死んでしまいました。別の猫もまた別の猫もこのようにして、結局4匹の猫は死んでしまいました。

猫がいなくなると、ネズミは平穏に生活できるようになり、感謝の気持ちを込めて、毎日金貨を2、3枚と持っていって石工に与えました。このようにしてネズミと石工は、生涯友情を破ることなく幸せに暮らしました。

善知識・智慧の大切さ

お釈迦さまは王子として生まれる前、さまざまな生き物として生まれ変わり、幾度となく善行を積んだ結果、ブッダ(覚者)となりました。

このお話は、お釈迦さまがジェータ林に滞在している時に、ある在俗信者に教えさとしたものです。

登場する鼠はその在俗の信者、石工はお釈迦さまの前世の姿です。

人々を仏の道へ誘い導く人(善知識)・智慧の大切さを教えています。


【コラム】ネズミの嫁入り

ネズミの嫁入り Ⓒtomo / PIXTA(ピクスタ)
ネズミの嫁入り Ⓒtomo / PIXTA(ピクスタ)

鼠は古来、『ジャータカ物語』以外にも『イソップ寓話』や『古事記』など、世界中で多くの童話や神話に登場する動物です。ここで、日本の有名な昔話の一つ「ネズミの嫁入り」を紹介します。
娘のネズミを世界一の婿のところに嫁にやろうと考えた親ネズミは、まず無限の光を持つ太陽に頼みました。すると太陽は、「わたしの輝きはしばしば雲により妨げられるから、雲のほうが偉い」と言いました。そこで雲のところへ行くと、雲は、「わたしは風に飛ばされるから、風のほうが強い」と言いました。風のところへ行くと、風は、「わたしがいくら吹いても山にはさえぎられるから、山のほうが強い」と言いました。そこで、山へ行くと、山は、「わたしは不動だが、ネズミたちによってかじられ削られるから、ネズミのほうが強い」と言いました。親ネズミは結局、ネズミを婿に選びました。
このお話は、物や人の優劣は簡単に決められるものではないという教訓を表しています。