阿弥陀さまと 一 対 一 のお念仏 お十夜

秋が深まる10月から11月にかけて、全国で「お十夜」の法要を勤める寺院があります。「お十夜」は正式には「十日十夜法要」といい、もとはその名のとおり、十日十夜にわたってお念仏をとなえる法要として伝えられました。現在では1日から数日間に短縮し、その間、ひたすらお念仏をとなえる「別時念仏」の法要として勤める寺院もあります。
法然上人は、極楽浄土への往生を願い、日々の生活の中で「南無阿弥陀仏」ととなえる念仏行を説かれました。このような日々の念仏に対して「別時」とは、特別に時間と場所を決め、その間、お念仏に励むことを言います。それでは、なぜ日常とは別に、あえてお念仏のための時間を設けるのでしょうか。
法然上人は、別時念仏について次のように述べています。
人の心というものは、同じことを続けているうちに、目も耳も慣れてしまい、初めの頃のように進んで取り組もうとする気持ちが薄れていきます。そして毎日の忙しさに追われるうちに、お念仏も次第におろそかになってしまいます。だからこそ、そのように緩んでしまった心をもう一度整え直すために、時々は特別に時間を設けて、お念仏に専念する「別時念仏」を行うべきなのです。
仕事や家事に追われ、気がつけば1日が終わっている。お寺を訪れるのも、法事やお彼岸、お盆など年に数回という方も少なくないでしょう。そうした日々の中では、お念仏をとなえる機会そのものが、遠のいてしまうこともあります。
だからこそ、お十夜のように、あえて普段とは別にお念仏の時間を設けることには、大切な意味があるとされるのです。本堂に座り、僧侶や参詣者と共に「南無阿弥陀仏」と声にする。そのとき、周りの人の声の大きさや、となえ方を気にする必要はありません。お念仏は、誰かとうまさを比べるものではなく、一人ひとりが阿弥陀さまと向き合ってとなえるものです。大勢でとなえていても、その「一声一声」は、阿弥陀さまと自分との「一対一」のお念仏です。
ほんの短い時間でも、日頃の忙しさから離れ、仏さまと向き合う時間が、生活のなかにお念仏を迎えるきっかけになります。この秋、多くの人々の声が響く十夜法要の中で、仏さまと一対一でお念仏をとなえてみてはいかがでしょうか。