浄土宗新聞

江戸時代から160年の時を経て 霊巖寺に神輿集結 東京教区霊巖寺

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3町会の神輿が霊巖寺に集結した

 江戸三大祭りの1つとして知られる「深川八幡祭り」が8月12日から16日に開催され、16日の神輿連合渡御では全54基の神輿が深川の街を練り歩いた。
 15日には東京都江東区の霊巖寺(伊藤真弘住職)で、本堂正面にて3町会の御輿が集結する「霊巖寺開創400年記念渡御」が行われ、再建された山門を神輿がくぐり抜ける江戸時代さながらの光景が約160年ぶりに復活した。
 この山門は、1923年に発生した、関東大震災で焼失して以来、約百年の時を経て令和6年3月に再建されたもので、同寺前住職の故伊藤真成師が「江戸の頃のように神輿が通れる大きさに」と強い願いを込めて設計したもの。同師は山門の完成を見届けた翌年に往生されたが、その遺志は、深川の多くの地域住民の手によって見事に果たされた。
 霊巖寺と富岡八幡宮には、寛永元年(1624)の寺の建立時に八幡宮が鎮守神として祀られたという深い縁があり、かつては祭礼のたびに山門へ神輿が入り、住職に拝礼するのが古例であった。明暦の大火による移転後は、現在まで連合渡御の全神輿が寺の前を通過する慣習に、その名残を留めていた。
 今回の記念行事によって旧霊巖町にあたる白河一、三好一、三好二の3町会の神輿が再び山門をくぐり抜け、本堂前に一堂に会するという歴史的な瞬間が刻まれた。
 渡御の最後に同寺住職の伊藤師は、「深川の祭りで御輿を山門に通すのが前住職の夢でした。前住職はこの場にはいないけれども、必ずや極楽浄土よりこの荘厳な光景を、万感の思いで見届けていることと思います」と語った。

霊巖寺の山門を約160年ぶりに、神輿がくぐり抜ける様子